中華帝国末期の文人と書くこと及び国家、の関係に関し、文献により異なる描写が見られる。当該論文は、淡新檔案の中に文人が起こす「敬惜字紙」(文字と紙を大切にする)運動を通じて、国家という想像の共同体のもとで、帝国と地方の間における文人の仲介としての役割は、国家形成により衰えていないこと、逆に、中国における書くことの特殊性のため、その仲介者としての役割が想像の共同体の中で強化される一方で、書く階層の差異を基にしてさまざまなグループが形成したことなどを強調したい。これらのグループも想像共同体であり、時には国家と同じ立場をとって国家の中に整合され、時にはお互いに衝突して国家と異なる立場を取る。